JPR

モノの流れを最適化するサービスカンパニー

Change 50 JPR 50th 感謝と挑戦、次の50年へ。

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社長メッセージ

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JPRは、社会に求められる仕組みを提供し、
「標準化・共用化」を軸に、
“私たちの住む社会をもっと豊かにする原動力”と
なるための成長をし続けます。

50周年記念誌

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~ヒトとモノを未来へつなぐ~
JPRの歩みと、現在の取り組みをご覧ください。

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50年の歩み

“物流に関わる人々を重労働から解放したい”
JPRのはじまりは、その切なる想いから。

JPR年表

  1. 1966

    産業構造審議会流通部会物的流通小委員会が「パレットプール推進会議」の設置を答申

  2. 1970

    JIS Z0601 一貫輸送用平パレット制定 T11型が標準サイズに定まる

  3. 1971

    日本パレットレンタル株式会社 創業

  4. 1972

    参議院予算委員会でJPRに関する質疑が行われる

  5. 1990

    食品メーカー一貫パレチゼーションシステム研究会発足

  6. 1991

    食品メーカー一貫パレチゼーションシステム研究会が、T11型パレット共同利用研究会に名称変更(略称をP研とする)

  7. 1995

    P研(T11型パレット共同利用研究会)が、T11型パレット共同利用推進会に名称変更

  8. 1998

    パレット保有枚数400万枚となる

  9. 2000

    PT-11型プラスチック製パレットの提供を開始

  10. 2002

    Web物流機器在庫管理システムepal(イーパル)をリリース

JPRトピックス

創業“物流に携わる人間を重労働から解放する”

<時代背景とJPRの歩み>

国家の政策をになう、スタートアップの創業

1960年代にはじまる標準パレット制定の取り組みは、1970年にT11型がJIS規格に採用されるという形で実を結びました。しかし標準パレットによる一貫輸送を実現するために必要な、パレットを共有する制度や組織はまだ確立されていませんでした。 当時、欧州の制度を参考に、公共性を帯びた“パレットプール機構”の設立が構想されていたものの実現には至りませんでした。標準化と機構(しくみ)のいわば両輪で普及させた欧州に対して、日本国内にはすでに多種多様なパレットが私有によって普及していたことが実現を妨げた一因だったともいわれています。 誰もが標準パレットの普及の必要性を感じながら、担い手がいない状況―。これを打破したのが、当社の初代会長平原直とそのビジョンに共鳴した有志たちでした。

<ひと>

初代会長 平原 直と創業の株主

パレット運用の担い手となる会社の設立が急がれるなか、平原元会長の理念に共鳴する人々が手弁当で当社の設立のために働きました。創業時の株主は木製パレットメーカーを主体とした25社。連日深夜まで議論を重ね、レンタル方式によるJIS規格パレットの普及を会社の目的に据えました。 特定のオーナーや系列に属さず“みんなで創る”というJPRの共同(協働)のコンセプトは創業以来受け継がれているDNAです。

<サービスの進化>

パレットプールの萌芽

標準サイズのパレットを、利用者である企業に代わってレンタル会社であるJPRが保有し、「必要なとき借り、要らないときに返す」を実現したのが事業の始まりです。 その後、パレットデポを徐々に全国に配置したことで、「A地で借り、B地で返す」運用が可能になりました。

自動化が進む現在のデポ

共同回収のはじまり “販売は競争、物流は共同”

<時代背景とJPRの歩み>

共同回収システムをお客さまと共に築く

P研の発展に貢献いただいたみなさまと

80年代になると、消費スタイルの変化に伴い、パレットによる一貫輸送のニーズが高まりましたが、実現は道半ばでした。加工食品業界では製造業も卸売業もパレット化を望んでいたものの、納品に使用したあとの空パレットを回収する仕組みがなかったからです。 パレット紛失のリスクがあるので、標準規格パレットへの変更に必要な投資ができない。規格がそろわないので回収の仕組みができない…。物流の現場はこのようなジレンマに陥っていました。 このときJPRに再び幸運が訪れます。それは、加工食品メーカー物流部のキーマンの方々との出会いです。パレット回収に悩んでいたメーカー各社が「共同回収」実現のチャンスを与えてくれました。

<ひと>

共同回収の実現に奔走してくださったお客さま

P研の座長を務められた山越完吾氏

共同回収の実現を後押ししてくださったのが、のちにP研の座長を務められた山越完吾氏と、コンセプトづくりに尽力された加工食品メーカーの方々です。共同回収を促進するためパレットはJPRを使用することが合意され、これに合わせて自社のパレットサイズや設備を変更したメーカーもありました。 当時のメンバーは、山越座長の存在により「目的を見失い自社の利益ばかりに固執する人は一人もいなかった」と述懐しています。 こうして1990年に「食品メーカー一貫パレチゼーション研究会」が発足。翌年からは「P研」の名称で「販売は競争、物流は共同」を合言葉に、多くの企業の賛同を得て拡大していくことになりました。 JPRは、お客さまと共に働くという得難い経験をし、その文化は現在の取り組みにも引き継がれています。

*P研は、2019年4月1日より、JPRの事業運営へ移行しました。

<サービスの進化>

パレットによる一貫輸送を促進した共同回収

流通卸売業のセンター等で空になったパレットをJPRがまとめて回収する「共同回収」のしくみは、パレットによる一貫輸送を飛躍的に拡大させました。現在共同回収されるパレットは年間4400万枚に及びます。車両の積み下ろし時間や待機時間の縮減、帰り便の有効活用といった効果は、環境負荷軽減の面でも注目を集めています。

円滑な回収のために対話は欠かせない

プラスチック製パレットへの転換と高質化への挑戦

<時代背景とJPRの歩み>

プラスチック製パレットへの転換とデジタル化

RFID活用の研究開発に取り組む

加工食品業界を中心に衛生面での品質管理に関心が高まり、パレットも木製からプラスチック製への切り替えを望むお客さまの声が強くなりました。 2000年、JPRはプラスチック製パレットPT-11型の投入を開始。過去に投資した木製をプラスチック製へ置き換えつつ、同時に年々増加するパレット需要にも対応してきました。 しかしPT-11型への転換は、JPRにとって経営面での試練となりました。この試練が1枚のパレットをより効率的に活用するにはどうすればよいかを徹底的に考える契機になったのです。 その一例が、パレット受け払いへのシステム導入(epal)や、RFID技術の研究、パレット回収の維持改善を担う専門部署の設置などです。これらの施策が次の時代の取り組みにつながっていきました。

<ひと>

お客さま、パートナー企業のみなさまとともに

JPRは年間4800万枚のパレットをお客さまへ供給しています。お客さまが出荷にご利用になった後は、共同回収をおこなって再び次のお客さまへご利用いただけるよう整備、保管します。創業から50年、このサイクルは一度も止まることがありません。 こうした活動を支えているのが、パレットデポや、運送などの業務を担うパートナー企業さま、そこに働く従業員さまや、トラック乗務員のみなさまです。JPRはパートナー会を定期開催し、ビジョンの共有の場を持っています。 パートナー企業の数はデポ運営、運送等を中心に300社に及びます。

<サービスの進化>

デジタル化の推進と管理ノウハウの体系化

この時期にスタートしたepalは、現在取り組んでいるパレット受払いのリアルタイム化、伝票電子化の基礎となるシステムです。また、試行錯誤を繰り返した経験は、当社のDXを後押しする知の財産です。レンタル物件以外のRTI管理のためにシステムやノウハウ提供に関するお取引が多くなったことも、この時期の特徴です。

次の50年へ

オープンシェアリングをめざす

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人材不足や環境負荷の軽減など、多くの課題の解決が物流業界に求められています。
そして、様々な企業や業界での挑戦が進んでいるデジタルトランスフォーメーション(DX)は、
こうした課題の解決にもつながるものとして期待されています。
DXにおいて重要なことは、標準化・共同化を通じて互いのシステムがつながりあうことではないでしょうか。
私たちは、レンタルパレットのシェアリングの輪を外部にひらき、
様々な企業とつながりあう「オープンシェアリング」を実現していく必要を認識しています。
多様なプレイヤーとの協働が、レンタルサービスの利便性や、安定性を高めると考えるからです。
さらに、企業と企業、場所と場所をつないでいる事業の特性を活かし、
お客さまのDXの取り組みの一端を担うことができるよう、お客さまの課題を理解し、事業の高質化に努めます。
私たちは創業以来蓄積してきた標準化と共同化の経験を活かし、
お客さまと社会へ貢献していきます。